芦屋から京都へ向かった私たちは、「業平邸址」のある間之町通りへ向かいます。

社長が運転してくださった車を降りて、歩いて10分の場所にありました。
ビルが建ち並ぶ中に一つぽつんとおいてある石碑が。

京都はこういう場所に石碑が普通におかれているので、驚きます。
↓そして藤川先生の写真の撮る力も入ります。

その場所から歩いて行ける場所にあるという、「神明神社」へ向かいます。
この神社は、毎夜都の空に現れた「鵺」を弓の名手である源頼政が倒した時に使われた弓矢の鏃が納められている場所になります。
奥まった場所にあったため、はじめはなかなか見つけることが出来ませんでしたが、
その場所に住んでいる人に聞いたりしながら、歩を進めていくと見つけました!

その場所に納められていると言われる鏃の写真に鵺の退治の絵が展示されておりました。


言い伝えでは、祟りを恐れた都の人々が鵺を舟に乗せ鴨川へ流したと言います。
その後、芦屋川と住吉川に鵺の亡骸が浜へ打ち上げられ、供養のために芦屋に鵺塚が建てられたのだとか。
先ほどまでいた芦屋に鵺塚があったという事実に驚きを隠せませんでした。
ちなみに、この近くに業平が恋い焦がれていた藤原高子が住んでいた屋敷があったらしいですよ。
この日の取材はここまで。
その後は近くにあったおそば屋さんでご飯を食べて解散です。
タイトなスケジュールですが、お疲れ様でした!
まだまだあります、藤川先生の取材紀行、次回をお楽しみに!