九里一平 × 酒井あきよし 『暗闇同心 鍔鳴剣屍郎 怨霊斬り』発売記念対談

 昨今では珍しい本格的な伝奇時代劇漫画として評判を呼んでいる『暗闇同心 鍔鳴剣屍郎 怨霊斬り』。その発売および電子書籍化を記念して、作者である九里一平氏と酒井あきよし氏の対談を公開する。

-まずは作品の成り立ちからお願いできますか。

酒井

 実はずいぶん前になるんですけど、九里さんの方から自分の故郷でもある京都を舞台にして時代劇を描きたい、二人の原作でやらないかっていうお話しをいただいたときに、これ面白いなと思ったんですよね。京都は江戸よりも怨霊が出てくる街でもあると古の昔から有名だし、時代劇としては今までにないような怪物退治の活劇モノができるんじゃないかと。それまで時代劇というとね、どうしても江戸を舞台にしたものが多かった。それに京都だけを舞台にして出来た作品って少ないですしね。
じゃあ、どうしようかと、その時の九里さんの考えが活劇モノで明るくて軽い感じのもので、化け物を次々と倒していくというね。で、僕もいろいろ考えていたところ、九里さんが絵を描いて見せてくれたんですよね。白頭巾でおかめのお面の絵を描かれていましたよね。そういう感じなのかなと思ったんだけど、企画を考えていろいろ話を組んでみると、僕はどうしても話が重くなっちゃう方なんで、もうちょっと切なくてロマンティックなやつをやりたいなぁということで、企画を立てて初校を書いて九里さんにお見せしたら、意外と乗ってくれてね。面白いっていうことになったんで、話がワッて一気に盛り上がった状態で作り始めたんですよ。だから、多少は九里さんの最初のイメージと違ったかも知れないけれど、意外とそのミスマッチがね、この話はうまくいったのかなという気がしてるんですけど。……いかがですか?

九里

 これでよかったと思うんですけどね。僕はずっとアニメーションをやってまして、アニメーションを終えてから一人で漫画を描くことに決めたんですよね。で、アニメをやってる頃はね、時代劇っていうのはまずできなかったんですよ。やる機会もなかったし。時代劇というのはアニメの企画として成立しづらかったんですよね。で、アニメをやっていた頃にやっていなかったのが時代劇だったということもあって。
僕は九条の近くで生まれて、近所に東寺というのがありましてね、よく東映映画の撮影が来てたんですよ。『鞍馬天狗』とかを境内の中で撮影してたのね。小学校1年か2年の頃かな、「かっこいいな、鞍馬天狗!」なんて言いながら、嵐寛寿郎を目の前で見たりして。それで時代劇ってかっこいいなというふうに思ってたんですよ。その頃のイメージがあって一度は時代劇をやってみたいなという子供の頃の憧れでね。鞍馬天狗の黒頭巾や、丹下左膳が白い着流しで赤鞘の刀を持っているわけですよ。その刀も魅力的でね。そういうことから時代劇を一度やってみたいなと。アニメーションではやれなかったけれど、漫画で時代劇をやってみたいなと思って。それがものになるかならないかは別として、いろいろ『鞍馬天狗』のような…つまりは剣屍郎ですよね、まずはそのかっこいいポーズのイラストを描いたんです。
それで、黒頭巾でなく白頭巾にしたのは、白というのは清潔でね、非常にこう…本当に僕は昔からスカッとするヒーローものが好きなんでね、ガッチャマンもそうだし、勧善懲悪が好きだったもので白頭巾をかっこよく描いてたんですよ。それでいよいよやってみようかという時に、彼に見せたんですよね。お互いその絵を見ながらイメージ広げていって、最終的にはやはりドラマですからね、ドラマチックな設定は絶対必要だから、宿命を負っているだとか主人公の設定を話し合いながら作っていた。これが『鍔鳴剣屍郎』の始まりです。
京都を選んだちゅうのは、自分の生まれた場所ということ以外に、風情があるし、いろいろ疫病だとか悪霊とか、そういうものが漂ってるような。京都の鴨川は昔、疫病で死骸がいっぱい浮かんでたっていうし、死体の捨場もあったり古い都だし、それらしい雰囲気になると思って。

酒井

 最初に僕はその白頭巾に抵抗を感じて、これでいいのかなとか思ったんですよね。だけど、暗闇同心なのに白頭巾で出てきたら目立つと思ったんだけど、絵になってみるとこれは黒い頭巾で出てきたら逆に絵にならないなって思って(笑)。自分の中の血を浄化するって意味でも、やっぱり白でいいのかなと。絵にした場合、キャラクターとして立つなぁと。だから九里さんのイメージが立っていたということなんですよね。

-他のキャラクターの成り立ち、例えばお雪は最初から描かれていましたか?

九里

 それはいました。やっぱり男だけじゃダメで、女の人がいないと絵になりにくいというね(笑)。だから僕はいつも女の人も絵に入れるんですけどね。

酒井

 どうしても悪霊の血を引く主人公が自分の宿命と戦い、血を流しながら悪霊と戦っていくいうのはですね、誰の心の中にもある悪を浄化していくという姿、男の生き方を縦軸にして、そこに同じような宿命を背負った女性を描くことで、結ばれない二人という、結ばれたらこれは悪霊の思うツボになる、しかし愛せずにはいられない。で、その壁をどう乗り越えて、最期に結ばれてどうなるのかっていうのを作品の見所にしようかなっていう狙いだったんですよね。その点ではうまく絡んでいけたかなぁと。九里さんもその辺をよく描いてくれていて、後半もドラマチックかどうかわからんけど、それらしくなってくれればいいなという思いなんですよね。どこかでカタルシスを感じてもらえたら嬉しいですね。

-道鏡も特徴的な容姿です。

九里

 これは実在した人物らしくて、弓削の道鏡といって。

酒井

 仏教関係の政策を布いたりしたらしくて。実際の史実を調べて取り入れて、他にも冥界と現実の世界を行ったり来たりする井戸が今も実際あると言われています。
童子切安綱っていう刀は実際に上野の東京国立博物館にあるんですよ。国宝になってる太刀なんですけどね。昔、刀は腰に下げてたんだけど、非常に長いから実際に考えると寸法が合わないのと、延暦寺に奉納されていたっていうのは架空の話で。

九里

 本来は鎧につける刀だから鞘に留め具があって、帯だと収まらないじゃない。だから、その辺は変えてあるんだけどね。

酒井

 この刀を作った安綱さんって方が作った刀は一本だけじゃないと思うしね。長いものだって長さを詰めて使うこともできるわけだから、その辺は違和感なく。浪人で二本差しっていうのはどうなのかなって思ったけど。絵的にはこっちの方が収まるのかなと。

九里

 そうそう、時代劇でもよく2本差だったりするよ(笑)。

-四禽の力とは?

酒井

 京都は昔から四神相応の地だから。

九里

 時代が元禄なんだけど、実は戦いのない平和な時代で。だけどそこを悪霊たちが狙ってくるというようなね。

酒井

 元禄時代は平和だったけど、赤穂浪士があったから注目されたりして。その平和も所司代が暗闇同心というのを作って、裏で悪霊を処理しているという設定にしたんだけど。

-敵が武蔵であったり歴史上の人物にしたのは?

九里

 武蔵を呼び起こしたのは、やっぱり有名だからね。それとやっぱり武蔵というのは無敵だから。それが吉岡一門がまだ倒しきれていないというのがきっかけであったり。

酒井

 だから、織田信長や千利休とか、義経や石川五右衛門とか挙げれば数限りなく、次々と出せるわけですよ。彼らが恨みを残したままこの世を去って、成仏できないまま冥界を彷徨っている。それを呼び覚まして京の都を牛耳ろうとしている悪霊っていうことを考えるとね、『魔界転生』の世界をもうちょっとリアルに描けるんじゃないかという思いがあったんですよね。悪霊だけど彼らには彼らなりの正義があるとかね。怨みを一つ一つ浄化していくというか。そういったところは九里さんもあったと思うんです。

-では、もっといろんな歴史上の人物が出てくる予定で?

酒井

 私としては12本は作りたかったです。でも、九里さんの体力が…(笑)。

九里

そう、僕も最初はね…(笑)。

酒井

 だから最後もね、次の回がありますよって書いたつもりなんだけどね、僕は。…なんていうのかねぇ…ちょっと書き足りない(笑)。

-作品を描いている最中に九里先生は何度か体調を崩されましたし、途中で挫折しそうになったりは?

九里

 もう、やるっていう一心でやってましたからね。でも、この作品は締め切りがあったわけでもないしね。のんびりやってるんだから、ドンドンドンドンと年も取って、疲れが出てくるときもあるしね。それに、これだけをやりたいというわけでもなくて、他のものもやりたいと。
最後は駆け足でね、あと20〜30ページでも足りないぐらいですよ。最後の岩が崩れてくるとことかもう少しスペクタクルに描きたかったり、剣屍郎とお雪のラブロマンとか。でも、もう勘弁してくれと(笑)。で、終わっちゃった。

酒井

 最後に出てくる赤ちゃんが第二の剣屍郎になる予定だったんですけどね。でも、どうしても絵を描く人と字を書く人って違うんですよね。演出家とライターが違うのと同じで、演出や絵を描く方ってまず絵面を考えるじゃないですか。どうかっこよく描くかって。でも字を書く方は、どうやって感情を字だけで表現するかっていうね。

九里

 字だと数行だけど、感情を絵で表現しようとすると難しいし、何ページもいるんですよ。それを1枚で表現しようとするとね、かなり絵心がないと描けないでしょ。

酒井

 実際に生きている人間が芝居するとそれらしくしてくれるんだけど、一枚の中にその気持ちを込めていくとなるとなかなか難しいなあと思いましたよ、仕上がった作品を見ていて。

九里

 とにかく表現しようとするならデッサンの勉強をしないといけないよ。だから、本当にしんどいですよ(笑)。でも、今の時代に合った流行の絵柄ですか、そんなのもいいけど、僕は引退したんだし、流行りの作家にもなりたいわけじゃないんだし、だから自分流に描いたらこんな絵になっちゃったんですよ。

-10年近くをかけて描かれたわけですけど、お二人で始められた当初のイメージから離れてきたりは?

九里

 いや、病気しなけりゃ、こんな弱気にならなかったんだけどね。回復してから絵を描く気にならないというか、描く気になれないような神経だったんですよ。
僕の絵というのは魂を入れる絵だと思っておるわけね。それがなかなか入らないんです。だから、魂が入るまでずっと待ってたんだけど、もうこれはいかんなと思って後半走り出したんですよ。

酒井

 うん、イメージ通りに行ってたんだけど、後半もっと違った膨らませ方はしたかったですね。超えてはいけない二人の気持ち、その一線を超えた時にどうなっていくのかなっていう。で、そこが悪霊の付け入るスキになっていくっていうのを盛り込みたかったんだけど。4部に集約したいということで。だから4部目は枚数的にも多くなっちゃって、九里さんも苦労されたと思うんだけど。
面白いかどうかは見ていただく人の判断だから。解決できない問題というのが僕は好きで、どうしても悪霊の血を受け継いだ男と、その血を持つ女性が愛してはいけないのに愛してしまう。その宿命に向かって乗り越えていこうとする姿、そこを山場にしたいなと。でも、とにかく九里さんが力尽きたっていう感じでね。

2人

ワハハハ。

[暗闇同心 鍔鳴剣屍郎 怨霊斬り]