花あかりともして

わたしたちは、わすれない。
花を禁じられた、あの時代のことを。

12歳のわたしが、昭和18年、ユウガオの花咲く季節へ——
70年の時をこえる不思議な夢で出会ったのは、出征する父と、その帰りを待つ家族の歴史。

花禁止令や京都空襲など、いまだ知られざる史実に光をあてた物語を
人気児童文学作家がみずみずしい感性で、現代の読者たちにおくります。

news

2017 11/16
日本児童文学者協会の機関誌『日本児童文学』11-12月号「創作時評」で紹介されました
2017 10/13
園芸文化協会の「園芸文化 みんなの広場」第13号で紹介されました
2017 10/05
10月4日の朝日新聞朝刊の大阪・京都版で取材記事として紹介されました
2017 09/26
全国学校図書館協議会発行の『学校図書館速報版』9月15日号「選定図書から」で紹介されました
2017 09/07
読売KODOMO新聞に編集部のオススメ本として紹介されました
2017 08/23
8月22日の毎日新聞京都版に「’17年平和考・京都」の記事として紹介されました
2017 08/22
8月21日のあやべ市民新聞に服部千春先生と本作出版の記事が掲載されました
2017 08/07
誠文堂新光社発行の『フローリスト』9月号で紹介されました
2017 08/04
日本種苗協会発行の『種苗界』8月号で紹介されました
2017 07/25
7月22日の日本農業新聞で紹介されました
2017 07/19
7月15日の毎日小学生新聞で紹介されました
2017 07/11
本日発売日。「作者のことば」公開
2017 06/12
サイト公開
花あかりともして表紙画像

小学校高学年~一般
四六判・上製・208ページ(一部カラー)
予価:1400円+税 
ISBN :978-4-907108-08-3

あらすじ

  小学6年生の主人公には、無類の花好きの祖母がいます。ある日、祖母がたおれた知らせを受け、病院にかけつけた主人公は、不思議な夢を見ます。夢の中で主人公は、昭和18年の祖母・静江の少女時代を追体験することに。

 

  戦時下の生活は、平和な現代日本に生きる主人公にとっておどろくことばかりでした。特に、出征していく父が「灯火管制の暗い夜でも、ユウガオの花あかりを目印に帰ってくる」と語った言葉は、静江の心に深くひびきます。ところが、父のいない家族を待っていたのは、食糧以外の作物をそだてることを禁じる「花禁止令」でした。隣組から非難を受けながらも、静江一家は肩を寄せあって懸命に父との約束の花を守ろうとします。そして、京都の田舎町にも空襲の影が近づいてきます……。
  70年後の現実に目覚め、はじめて知る家族の歴史と祖母の過去。最後に主人公が見出した、祖母からもらった名前の意味とは?
  花禁止令や京都空襲など、いまだ知られざる史実に光をあてたあたらしい物語を、人気児童文学作家がみずみずしい感性で、現代の読者たちにおくります。

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作者・画家紹介

作者 服部千春(はっとり・ちはる)
京都府綾部市出身・京都市在住。『グッバイ!グランパ』で第19回福島正実記念SF童話賞大賞受賞。
主な作品に「四年一組ミラクル教室」「ここは京まち、不思議まち」「トキメキ❤図書館」シリーズ『卒業うどん』『たまたま たまちゃん―うちは食べものやさん!―』(以上講談社)『さらば、シッコザウルス』『おたんじょうび、もらったの』(共に岩崎書店)など多数。
画家 紅木 春(あかぎ・しゅん)
愛知県名古屋市出身・東京都在住。東京藝術大学卒業。 雑誌や楽曲のPVイラストで活躍中の新進気鋭のイラストレーター。 作品に『女学生探偵物語』アルバム装画などがある。本書で初めて児童書の挿絵を担当。
赤木春オフィシャルサイト

花禁止令とは?

1941(昭和16)年10月、食料確保のために農地作付統制規則が公布・実施されました。この規則は、食料増産のために、米・麦や芋・大豆といった食料農作物以外の作物を農地に植えることを制限し、そのかわりに食料農作物をその農地で栽培するというものでした。果樹、茶、タバコ、スイカ、マクワウリなどとともに、花もその栽培を制限されていました。この法令の違反者には国家総動員法による罰則がありました。実施の度合いには、地域によって差がありましたが、どの地域でも戦局の悪化とともに取り締まりがきびしくなっていきました。特に、1943(昭和18)年8月に第2次食糧増産対策要綱が閣議決定され、「不急作物」とされた花を育てることへの統制は、いっそうきびしくなりました。
(解説特別協力:広島修道大学教授 坂根嘉弘)

作者のことば――  あとがきより      服部千春

  わたしの母は、昭和8年生まれでした。昭和20年8月、戦争がおわったときは、小学校を出てまもない、12歳だったそうです。
  戦後70年のとき、わたしは亡き母を思いました。戦時中は、花を愛でることさえ禁止されていたのです。花を愛していた母は、花のない時代をどうすごしたのでしょうか。
「花はえらいなぁ。となりにどんな花があっても、自分は自分の花を咲かせるんやさかい……。」これは、母の言葉です。心ふさがれる戦争の資料を読みこみながら、それでも書こうとする背中をおしてくれたのは、いつも母の思い出でした。そして母が書きのこしていた、ただひとつの随筆「父の出征」も、当時を描く大切なよりどころとなってくれました。
  登場人物や細かなエピソードはわたしの筆による創作ですが、史実はすべて実際に起こったことです。花を禁止されたことも、学童疎開も、京都に大きな空襲被害があったことも……。
  母がいて、祖母がいて、出征した祖父がいて、その命がわたしにつながり、わたしはふたりの息子たちにつなげました。みなさんも、きっとそんな命のつながりで生まれてこられたはずです。この物語が、みなさんの平和への思いを深めるきっかけになれたら、うれしいです。

この本に出てくる花

ゆうがお・はなあかり

ユウガオ

  白花ユウガオ。カンピョウをとるウリ科のユウガオとは異なる。
 本来、「花あかり」とは、春の夜桜のことをいうが、白い大きな花が夕闇にひらくさまは、あかりをともしたよう。

すいせん

スイセン

  咲いたのをほめてもらおうと、春いちばんに咲く花。
 一本だけでは咲かず、何本か仲間といっしょにしておかないと、花を咲かせない。

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